新年のご挨拶です。
 今年はなんと言っても、サイトのリニューアルです。皆さんには何度も同じことを宣言しているので、またかと思われがちですが、今回はサイトの担当者とも話しがまとまり、春には生まれ変わる予定です。
 最近はスマホやファブレットにタブレットの時代になり、パソコンでホームページを見る方が少なくなっているのが現況です。よって当サイトもスマホなどの最新機器でも見られようにする予定です。
バラバラだった情報もなるべくまとめて、とにかく見やすい、わかりやすいサイトへ変貌できるように努めたいと思ってます。
 あとは認知度ですね。当方は結構役に立つ情報を提供しているかと思ってますが、見てもらえないことには、それも無駄になってしまうのが、とても残念でなりません。まあ、若干名でやっている関係で掲載している情報がなくなったりしても、それを改善する余力が当方にはありません。だからせっかくサイトをご覧頂いても、ガッカリの方も少なくないかと思うので、申し訳ない次第です。
 昨年は体調が悪く、サイトも止めようかとも考えましたが、閲覧者がゼロになったら役目を終えたと思うことにして、リニューアルに賭け、しばらくは続ける覚悟でいます。
 今年で4年目を迎えるのですが、あの東日本大震災が起こる数ヶ月前に始めて、どんなサイトにしようかと迷いましたが、やはり少しでも皆さんの背中を押せる、生きるアシストになれるサイトであるよう、新年に願う私達でした。なので、今年もどうかよろしくお願い申し上げます。
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# by mothertoikiru | 2014-01-11 18:14 | 新年の挨拶
近況報告
ブログへ投稿するのは、なんと1年半ぶりになります。民主党の時代がおわり、自民党政権が返り咲きました。中身はパッとしませんでしたが、民主党の弱者目線の政治志向は悪くなかったかなと思います。
 消費税の増税に始まり、原発再稼働や秘密保護法案の強行などをみても、弱者には厳しいことばかり。参院選の勝利でねじれも解消され、政権与党のやりたい放題はしばらく続くことでしょう。
 ですから総理官邸前のあらゆるデモは不発に終わることでしょう。今になって声をあげることの虚しさを知らない集まりには行きたいとは思いません。たとえば地震大国で海に囲まれた日本に52基もの原発を作らせたのは誰ですか?国は安全?を担保にしました。でもそれを許容して造らせたのは国民我々なんじゃないですか?当時でも原発に反対を表明していた人達がいましたよ。チェルノブイリの事故が起きても、我々は原発を許していたじゃないですか?だから福島の事故は我々のせいで起きたと思っています。
 秘密保護法案は必要だと思いますよ。中身は精査すべきかと思いますが、外国のような諜報機関もない日本ですから、大事な法案だと認識しています。あなたには秘密にしたいことや隠したいこと。つまり知られたくない事はありませんか?そんなことより憲法改正で、知る権利や人権を守ることを優先すべきかと思っています。 
 こんな事を言ってる私は、体調がずっと思わしくなく過ごしていました。今年の4月には狭心症で心臓のオペもしました。そんなこんなで、ホームページの更新もままならず、みなさんにホームページのリニューアルの約束も反故したままで、申し訳なく、情けない思いでいます。でも私達なりに生きるアシスト.comは続けていきます。
それでもダメなら潔くサヨナラなどと言わないよう努力致しますので、どうか最後までお見守りくださりますよう、よろしくお願いします。
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# by mothertoikiru | 2013-12-08 16:00 | 近況報告
石巻市立湊小学校避難所
先日(2012年6月末)、一通のはがきが宮城県石巻から届きました。

2011年5月、私たちは石巻にいました。
東日本大震災後、居てもたってもいられずに始めた「メッセージ入りポケットティッシュ」を避難所に届けるためです。
皆さんから寄せられた「応援メッセージ入りポケットティッシュ」、小さいお子さんには「お菓子付きポケットティッシュ」や「塗り絵つきポケットティッシュ」と色鉛筆・・・などを箱に詰め、大規模な避難所ではなく、できるだけ小規模の避難所を回りました。
ところが、道に迷ってさまよっていたときに、引き寄せられるようにたどり着いたのは、大規模な避難所「石巻市立湊小学校」だったのです。

過去記事
宮城県入り報告

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あの日あそこで歯を食いしばってがんばられた方々・・・のドキュメント映画の招待状でした。

ー2012年8月18日より全国順次ロードショー!-です

映画『「石巻市立湊小学校避難所』公式サイト
予告編はこちら


皆さま、どうぞご覧下さい
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# by mothertoikiru | 2012-07-03 19:02 | 石巻の避難所
生活保護のこと
皆さん、こんにちは。
 ブログを書くのは2ヶ月ぶりですが、この頃生活保護が晒し者のように報道されていますが、ひどいですね。
こんなに生活保護のことが話題になるのはめったにないことですね。偏った報道には憤りを覚えますが、改めて生活保護について、皆で考えていくには絶好の機会ではないかと思っています。
 いろんな議論をすでにあちこちでいろんな方がされているみたいなので、おさらいみたいなことをここで言ってもしょうがないので、ちょっと違う視点で語れたらと思っています。ひょっとしたら今から書く話も出ているかもしれませんが、少なくとも私はまだそういう記事に出会っていないので、お話します。
 ずばり日本人は変わってないよね~ということです。皆さんもよくご存知のように「働かざる者は食うべからず」が未だに日本人の気持ちのなかにはあるということですよね。とくに働ける世代の生活保護受給には納得がいかないよ、です。今やあの大阪の西成地区においても7割くらいが生活保護を受給しているとのことですが、もちろん昔のように日雇いの仕事がなくなったからだなどの理由はありますが、当然ながら仕事が急になくなったわけではなく、徐々に仕事がなくなったと聞いています。じゃあその間になにか手立てはなかったのかと思うんですね。
 働く世代にも生活保護をという施策緩和は麻生政権の時だったと思いますが、あの時は湯浅誠さんたちの反貧困の支援者が行なった日比谷公園の派遣村もありましたね。ご存知のない方もいると思いますが、あの時に希望した130人前後の方々の生活保護の受給が全員認定されています。その中にはもちろん働ける世代も多く含まれていました。当時より生活保護受給を申請するにあたって、ひとりで窓口申請に行っても追い返されることを懸念して、派遣村や労働組合はそれを防ぐために支援者を同行させて申請を受理させました。よってたくさんの働く世代の受給につながった経緯がありました。
 結局ですね、本来の労働支援などではなく、「目の前の困窮を救うために、生活保護しかない」と考えての行動だったと思います。生活保護というのは最後のセーフティネットである視点が抜け落ちていたと思いますね。生活保護を受給するということは何か?つまりそれはある意味では貧困を固定化するということだと考えます。私は当時から今もそうですが、何が反貧困なのか、労働組合とは何かと、とても疑問をもっていました。
 その結果、高齢者だったり、病気だったり、ひとり親だったりなどで、本来生活保護を受給すべき人達がなおざりにされてしまった。それまでもおざなりにされていたのに、さらに受給の道のりを遠ざけてしまったと思います。一連の運動は日本の生活保護の補足率を固定化してしまったわけですね。
 と思っていましたが、なんと世間は広い、否、狭い?先日こんな記事を発見しました。

◆平成24(2012)年5月18日 中日新聞 夕刊
 一宮のホームレス支援施設 7割就労 自立の宿 生活保護 1億円超抑える効果
 生活保護費の増大が地方自治体の財政を圧迫する中、ホームレス支援に取り組む愛知県一宮市の民間組織「のわみ相談所」の一時宿泊所が成果を挙げ、注目されている。昨年は利用者の七割が生活保護を受けずに自立し、一億円以上の抑制につながった。相談所は、二十日に名古屋市昭和区の中京大で開かれる日本居住福祉学会で活動内容を発表する。
 平日の夕暮れ。一宮市松島町の一時宿泊所内の食堂で、老若男女が手作りの弁当を囲んで談笑していた。元利用者で現在はアパートで暮らす男性(68)は「語り合える仲間が多いので楽しい」と話す。職も家も失い車中生活をしていたが、宿泊所を利用した後に大工の経験を生かした仕事を再開した。一時宿泊所は中古の住宅や事業所を改修した相部屋で、食費込みの利用料は月二万円。仕事のない人からは無理に取らない。慢性的な赤字は企業や団体からの寄付金や助成金でカバーする。一九九八年の設立当初は資金繰りに苦しんだが、活動が認められ財団などからの支援が受けられるようになり、規模も拡大した。相談所が運営する四カ所の一時宿泊所を昨年利用した百十人のうち、七十二人が就労先を見つけ、生活保護を受けずに済んだ。相談所の勧めで職業訓練を受けたり、活動に賛同する一宮市の人材派遣会社が採用に協力したことが自立者の増加に結びついた。この七十二人が一宮市から生活保護を受けたと仮定すると、アパート入居費や生活費などで少なくとも年間一億二千五百万円かかる。この部分がそっくり浮いた計算だ。所長の三輪憲功(のりかつ)さん(65)は「つらい境遇を経験した人が一時宿泊所で共同生活することで、社会復帰への意欲を取り戻している」と分析する。名古屋市から、協力者がいる一宮市に拠点を移し六年目。雇用情勢の悪化を受け、利用者は低年齢化している。今月中旬には所持金ゼロの男性(29)が岐阜県大垣市から徒歩で訪れた。一時宿泊所で数日過ごした後、相談所と連携する企業の面接に合格して寮に移ることができた。三輪さんは「生活保護は重要だが、乱発しても税金を浪費するだけ。学会では、多くは大都市にある一時宿泊所を増やして利用者に寄り添った方が自立につながると訴えたい」と話す。


 私は上記の記事を読んで、とても嬉しくなりましたね。そうです、生活保護は税金です。本当に必要な人たちに生活保護を受給してもらうために、私達は何をすべきか?ようやく考える時期が訪れたんです。いい機会です。この際しっかり、国も自治体も一緒になって生活保護のあるべき姿を考えてもらいたいものですね。
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# by mothertoikiru | 2012-06-08 19:29 | 生活保護
東日本大震災から1年
みなさん、こんにちは。

 いつも当サイトをご覧頂きありがとうございます。
 今私は福島からこのブログを書いています。今日の日をどのように過ごせばよいのかわからぬまま、家族の実家が山形県のため、そこからもっとも近い福島の追悼式に伺うことにしました。もちろん、体がたくさんあればすべての被災地へ足を運ぶつもりでしたが、お許しを頂きたいと思います。
 改めてこの度の災害で犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
 関係者のみなさまにはかける言葉がみつからない私をお許し下さい。

 追悼式からホテルに戻ると、とたんに涙があふれてきて先ほどまで泣いていました。私の家族はもちろん、知人においても、今回の災害で亡くなったり、被害にあったりということがない私ですが、こんな時はそんなことは関係なく、私の心が共振して止まらないようでした。
これ以上の言葉が見つかりませんので、今日頂いた式次第より抜粋したものをご紹介して終わりたいと思います。
 生きるアシスト.comは今日の想いを新たにひとりでも多くの方の生きるアシストとなれるよう努力してまいります。どうぞ相変わらずのご支援とご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

 死者 一千九百五十七名
 行方不明者 五十四名
 失ったものは、
 これらの方々、一人一人の
 過去であり、未来であり、
 それぞれかけがえのない人生。
 どれほど嘆いても、
 なくしたものを取り戻すことはできません。
 わたしたちにできることは、
 なくしたものを取り戻すため
 しっかりとこの大地に一歩を踏み出すこと。
 亡くなった方々の思いを未来につなぐこと。
 この悲しみや苦しみや切なさを、
 これからも、決して忘れてはならないのです。
 試練。 
 それは、今のわたしたちの姿です。
 わたしたちは祈ります。
 ふくしまの「ほんとうの空」に。
 亡くなられた方々への深い哀悼と
 かけがえのないわたしたちの故郷の、
 美しい再生に向けての願いを込めて。
 願いを込めて。

 ありがとうございまいした。
 最後にこれまでさまざなことで犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げ、終わります。

 生きるアシスト.com 主宰者より 合掌

 
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# by mothertoikiru | 2012-03-11 23:21 | 震災から1年