カテゴリ:無念の死( 1 )
25歳の無念の死
その知らせは突然だった。
その時彼は東京都立S病院に入院中の出来事だ。2011年8月13日、おとといのことである。
 彼は筋ジストロフィの難病であった。数年前から呼吸器をつけながら生きていた。
病気のため、その肺は相当弱くなっており、呼吸器などの機械が命綱としながらも、彼自身の奇跡的な生命力で生きていた。病院に対して彼も両親も全幅の信頼を置いていた。それがどうしたことか、命綱の呼吸器が外されてしまった。彼は遂にこと切れた。医療事故だ。それもあってはならない初歩的ミスが彼の命を奪った。彼と両親は裏切られた。彼はさぞ苦しかったであろう。無念そのものだ。
 事件性も考えられ、警察が介入。遺体は14日司法解剖となった。司法解剖先は調布市にあるZ医科大で行われた。司法解剖後、戻ってきた彼は元の顔と姿はすっかり変わり果てていた。切り開かれた彼の肉体片をただ縫い合わせただけで返されていた。その姿に両親は絶句した。
 皆さん、これが今の日本の医療で行われている現実です。このままこの事故?が報道もされぬまま、闇に葬られることがなく、この事態を重く、真摯に受け止め、日本の医療と司法解剖のあり方を問い直されることを強く望むため、書き留めました。
 現在日本で、医療事故で亡くなられる方々は年間26000件にものぼります。どんなに医学が発達しても、それを担う医師や看護師や解剖を担う人達も同様に成長して頂かないと、それらに翻弄されて、診る・看る・切るなどに囚われて、上記の彼のごとく人をまるでモノを扱うがごとくしかできないのであれば、プロとして失格である。解剖もしかり、人は死んでもモルモットではありません。お願いします。どうか今一度、日本の医療のあり方を考えて欲しい。みなさんにそれができることを私は信じています。家で死ぬことが叶わない今、最後の際まで、人の命をこの上なく丁寧に大事にして下さい。                    「生きるアシスト.com」主宰 和田 一郎
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by mothertoikiru | 2011-08-16 00:05 | 無念の死